目の錯覚によって見える直線

ある名工によって作られた短刀は、反りの無い刀とされていますが、その短刀に角度を測る器具であるスケールをあてると、真ん中あたりが数ミリ反っていて、切っ先も数ミリほど内側に反っているそうです。しかし、垂直にこの刀を立てると、反りの無い直線に見えるのです。

直線に見えるような曲線を作り出すということを、ある大工に聞いたところ、木造の軒を真っすぐな水平になるように作ると、人の目では両端が垂れ下がっているように見えるそうです。そのために、人の目で軒の縁の線が真っすぐに見えるようにするためには、真ん中ぐらいに「オレ」と呼ばれる反りを作るそうです。その「オレ」によって、見たときに両端と真ん中のバランスが良くなり、より直線に見えるそうです。このように、目で見たときに気持ちの良い緊張感をもたらしてくれる線、そのような造形を日本人は常に感じたいと思い、作り出してきたのではないでしょうか。

昔の日本刀も大刀の反りはとても心地が良い優しさで、清々しい緊張感があって、本当に素晴らしい造形をしています。そんな中でも、刀工によって、その反りの感覚は絶妙に違っています。神前に供える品とされているある大刀は、まるで鳳凰が輝く美しい大きな翼で大空に舞い立つ瞬間のような、最高級の反りをしています。この大刀を再現しようと、押形や木型、金型などを制作して、それをあてがって大刀を作ったとしても、一見同様ですが、全体を見たときはどんなに努力しても同じ反りには見えないと思います。

直線の中に少しの反りが隠されているように、曲線の中にも絶妙に違った感覚が隠されているのかもしれません。反りには刀工の品格や性格が自然に現れていると思います。それが反りの面白みでもあり、奥深さでもあるのです。


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